2015年11月02日13:53 來源:滬江日語
《天聲人語》是日本權威報紙《朝日新聞》編輯部集體撰寫的時事類短文,內(nèi)容涉及日本社會的所有方面。對于日語學習者,閱讀和翻譯它,無疑是了解日本、提高自己日語水平的大好方法。 |
子らは靴をはき、外套をはおって旅の支度をする。冷たい北風がゴーッと吹くと、「さよなら、おっかさん」と口々に言って枝から飛び降りる――。黃金(きん)の雨が降るような描寫を読み直すうち、ふと読者から頂いた便りを思い出した。
孩子們穿上了靴子,披上了外套,完成了旅行前的準備。當北風呼嘯地吹過的時候,他們便異口同聲地對母親說:“再見了!媽媽”,說完便從枝頭飛落到地面——。再次讀到這場“黃金雨”的描寫的時候,突然想起了讀者給我的來信。
去年の今ごろ、作家の故三浦哲郎さんの文を拝借した。郷里の寺の銀杏が、「毎年十一月のよく晴れた、冷え込みのきびしい朝に、わずか三十分ほどで一枚殘らず落葉してしまう」。これを文學的誇張であろうと書いたら、そういうことは他でもあると、何人かが教えてくださった。
就在去年的這個時候,我拜讀了已故作家三浦哲郎先生的文章。說是家鄉(xiāng)寺廟里的一棵銀杏樹“在每年十一月的晴朗且寒氣刺骨的清晨,僅僅三十分鐘左右的時間里,樹葉便會飄落得干干凈凈”。當我將這種情景撰稿稱是文學性夸張時,有幾位讀者告訴我說,這樣的情況在其他地區(qū)確實存在。
ある人は「すさまじい光景だった」と表し、ある人は「解脫するかのように」と例えていた。裸になった木の下には厚み10センチほどの絨毯が敷かれたそうだ。風もなく、憑(つ)かれたように散る光景を思えば、樹木の神秘に粛然となる。
有人說“這是一種凄涼的景象”,也有人將此比喻為“一種解脫”。光禿禿的樹身之下像是鋪了一層厚約10厘米的絨毯。并沒有刮風,可它們卻像被某種無形的力量控制般掉落了下來,每每想到此情此景,都不由地對樹木的神秘肅然起敬。
立冬が近く、けさは各地で一番の冷え込みになるらしい。夜はぎんなん坊やをつまみに、深まる秋に浸るもよし。おっかさんの銀杏の木に、感謝を忘れず。
立冬將近,各地的清晨將越來越寒冷難耐。夜晚,以銀杏果下酒,沉醉于深秋的悠閑倒也不壞。不過,可不要忘了感謝銀杏樹母親的“恩賜”。